IAFT『客』

IAFT『客』観劇。完全予約制で、観客は自分たった一人。上演時間は約20分。観客一人に対して役者一人が付き添って回遊するという体験型の演劇だ。場所は非公開で、予約した観客にのみメールで知らされる。観客は指定された場所へ赴き、〝体験″する。
そこは、新宿御苑の裏にある古い洋館だった。正面の門を開けようとしたら鍵がかかっている。門の右側にドアがあり、そこから入るようだ。入るときれいな庭がある。が、そこに案内人はいない。建物の玄関のドアを開けたが、そこにも白いカーテンがひかれているだけで誰もいない。「すみません、すみません」と声をかけるとようやくスタッフが現れ、靴を脱いで荷物を預けるよう小声で指示された。家のなかはひっそりとしており、皆小声で話しているので、先ほど自分が大きな声を出してしまったことを恥じた。
まず、白い紙にクレヨンで子どものころの自分の絵を描くよう言われる。クレヨンは12色だったか。黒のクレヨンが一番使われているようだ。普通に女の子の絵を描く。服の色は青にした。次に、ヘッドフォンの置いてあるテーブルに移動。ヘッドフォンからはたどたどしい女性の声が聞こえてきた。「これから子ども時代のあなたが舞台に上がります。あなたはその姿を追いかけます。次の部屋に入ったら、白い座布団の上に座ってください。このことを忘れないでください」というような内容。次の部屋に移動して白い座布団の置いてある椅子に座って前を見ると、白いヴェールの向こうに女性がいて、こちらを向いて座っている。紺色のワンピースを着た、髪の短い色白の女性だった。女性は微動だにしない。これは自分の鏡ということ?女性は無表情でじっとしている。まるで幽霊のようで不気味だった。やがて女性は立ち上がり、椅子を引きずりながらこちらにゆっくり近づいてきた。やはり無表情だ。こ、怖い……。なんなんだ、この女性は。これは自分?子どものころの自分ってこと?女性はぎりぎりのところまで私に近づき、椅子に座って無表情のまま私の顔をじっと見つめた。口を動かしてなにかをささやいているようだが、口の動きからはなんと言っているのかわからなかった。とにかく目の前に知らない女性が座っており、私の目をじっと見つめているというのが居心地が悪い。ただでさえ私は普段からあまり人の目を見ることができないのだ。どこを見ていいのかわからず、女性の口元や洋服などに視線を彷徨わせていた。やがて女性は立ち上がって部屋から出ていった。私がそのまま椅子に座っていると手招きされたので後をついていった。二階へ上がり、部屋に入る。そこは真っ暗闇で、途切れ途切れに女の子の声が聞こえる。言葉が一音ずつ発せられるので、なんと言っているのかよくわからない。とにかく暗闇のなか、舌足らずな子どもの声(大人の声かもしれないが子どものように聞こえた)がかすかに聞こえる……というのは相当怖く、ホラー映画の主人公にでもなったかのようだった。なんなんだ、これは。先ほどの無表情の女性といい、お化け屋敷のようなものなのか。私は怖いものが好きなので面白かったが、ちょっと逃げ出したいような気分にもなった。しばらくするとドアが開きさっきの女性が現れ、また別の部屋へ。今度の部屋はスモークがたちこめていて、なにも見えない。女性にベッドに寝るよう指示される。目が慣れてくると確かに目の前に白いベッドがあるので、横になった。女性が少し離れたところに横になり、やはりこちらをじっと見ている。女性は私に質問してきた(以下の台詞は正確に覚えていないので違うかも)。「広い舞台にたった一人でいる自分を想像できますか」。私は想像しようとしたができなかったので、「できません」と答えた。「子どものころのあなたが舞台にいることを想像できますか」。やはり「できません」と答えた。「そのあなたになにか伝えたいことはありますか」。いや、さっき想像できないって答えたんだけど……。「ありません」と答えた。なんだか味気ない答えだったかな。ほかの人は子どものころの自分に伝えたいことをいろいろ言ったりしたんだろうか。それが作り手の狙いなんだろうし。女性は私から答えを引き出すことを諦めたのか、それで会話は終了した。これは決められている段取りなのだろうけど、観客の答えによってはその場で質問を変えたりしてもいいのでは……ともちょっと思った。というか、そもそもこれが〝質問″ではなく〝台詞″だと思ってなにも答えない観客もいたかもしれない。それでも女性は答えを待たずに次の質問をしたのだろうか。ちなみに、ほかに観た人の話では、このとき女優は最初に観客に描かせた子どものころの絵を、お面のように顔につけていたのだとか。私は女性の顔をまともに見ることができなかったので、ちらりとしか見ていないのだが、そんなお面はしていなかったと思う。私のときはお面をしていなかったのか、あるいはしていたけど私が見落としたのかはわからないけど、もし本当にそんなお面を女優がしていたとしたらかなり不気味だ。でもそうだとしたら、やはり女性は子どものころの自分を象徴してるってことなのか?単に子ども時代のことを思い出させるために子どものころの絵を持ち出したのか?うーむ。。。やがて女性はなにも言わず起き上がって部屋を出た。取り残された私はどうしていいのかわからずそのまま横になっていたのだが、先に行った女性が私の下の名前を呼ぶので、起き上がって女性の後をついていった。この「下の名前を呼ばれる」という演出もなんだかゾッとした。フルネームで予約しているわけだから、下の名前がわかるのは当然なんだけれども、「おまえのことはすべてわかってるんだぞ」というような、見透かされているような感じがした。名前を呼ばれたことで、女性が母親のようにも思えた。女性について階段を下り、また別の部屋へ。そこは和室で座布団に座るよう指示される。目の前には小さな丸い鏡。鏡のなかの私の顔は拡大されており、少し歪んでいるようにも見える。今まで子どものころの自分を追いかけてきたけれど、最後にこの鏡で今の自分の顔を見せ、自分自身と向き合えってことなんだろうか。女性は「あなたは自分自身に帰っていくのですか」みたいなことを言い(かなりうろ覚え)、それは質問のようでもあったけどなにも答えなかった。やがて女性は障子を開け、姿を消した。障子の向こうには最初に預けた私の荷物と靴が置いてあった。うーん、これは、帰れってこと、だよね?なんだか一方的に物語を押し付けられ、突然引き離されたような感じ。だって私はその物語のなかに入れなかったし、作り手が狙ったであろう「子どものころを思い出して自分を見つめ直す」というような体験もできなかった。もちろんこうした体験型の演劇は、人の数だけ異なった〝体験″があるわけだけども。うまく〝体験″することができなかった私は、なんだか消化不良で、部屋を出たあともしばらくきょろきょろ建物のなかや庭を見たりしたが、あまり長居はせず帰った。
ほかの人の感想をTwitterで見たら、「怖かった」「気持ち良かった」「懐かしかった」などいろいろな感想が。うーん、やっぱ、「怖い」よね、これ……。仕掛けがいちいち不気味だし、家も古くて陰鬱な感じで、いかにもなにかが「出そう」だし(私が観た日が曇っていたからそう感じたのかも)。そもそも、この家は今はレンタルスペースのようだけど、もともとは誰かが住んでいたわけだよね?住んでいた人の霊が漂っていそうな……考えすぎか。あと、子どものころの自分、というのをテーマにしているけど、「懐かしい」とかいうポジティブな感情よりも、むしろ暗い感情を引き出された感じだった。やはり「怖い」演出だったからだろう。しかもそれが突然遮断されるので、自分の暗い記憶を、知らない家に置き去りにしてしまったような気持ち悪さがある。
男性の感想で面白かったのが、「女優が可愛い」「リフレのよう」といったもの。私はあの女優は自分を投影する存在、自分の子ども時代を象徴した存在だと思っていたのだけど、男性は女優に自分を投影したりはあまりしないだろうから、単に「女優」として見ているのだろう。確かに、可愛い女優と一対一で20分間を過ごし、しかも途中至近距離からじっと見つめられたりするわけだから、嬉しがる男性がいるのもわかる。だとすると、この演劇は男性と女性では受け取り方にかなり差が出るのかもしれない。