2017年に観た舞台

2017年は生活環境が大きく変わったこともあり、観劇本数は42本とかなり少なくなりました。以下、長くなりますがTwitterからの引用。

1月(観劇本数:1本)
松尾スズキ演出『キャバレー』観劇。主演である長澤まさみ小池徹平の話よりも、秋山菜津子小松和重の中年男女の話がすごくよかった。二人のパートは松尾さんらしい細かい笑いのネタが多い。それをこの二人がやっているから、もう笑った笑った。前半が笑えるからこそ後半の切なさが染みる。秋山菜津子が歌った『あなたならどうする?』、めちゃくちゃ染みた。自分が年をとったからか……。年をとると新しい挑戦をするより楽なほうがいい、地味だろうが身近なものを守って生活を続ける。それが生き延びる術。誰も彼女を否定することなんてできない。このキャバレーには「美しいもの」しかない。私が若いころだったら、間違いなく長澤まさみ演じるサリーに共感していたと思う。サリーの刹那的な華やかさは、ナチスが台頭する前のベルリンの雰囲気そのもの。華やかだけどどこか危うく、実際あっけなく崩れてしまう。だけど人生は「美しいもの」だけなんかじゃない。むしろ「美しさ」や「華やかさ」だけを求めていたら、崩壊してしまう。人生においてなによりも「美」が大切で、それを守るためなら死をも辞さない、という生き方をかっこいいと思っていたけど、そうじゃないんだ。そんな世知辛い現実をしっかり描いている。夢とか美とかだけじゃ生き抜けないんだよ、もっとタフにならなきゃ、という。社会がどう変化してもうまくかいくぐって生きていくんだ。絶望してキャバレーに留まっていてどうする? というようなメッセージを勝手に感じました。「人生に失望している? そんなの忘れて! ここには美しい人生しかないんです」。そのキャバレー、そこにいる女性たちが美しく華やかであればあるほど、それが一時の夢にすぎないということをより感じてしまうという。素直に美しさを感じ取れるほど若くはなくなってしまったということかしらね。

2月(観劇本数:4本)
東葛スポーツ『東京オリンピック』観劇。2020年の東京オリンピック、世界情勢、皇室などの時事ネタを毒と笑いのラップでディスる。情報が盛りだくさんすぎて自分のなかで消化できてないとこも多いが、それも含めて楽しい。役者では特に森本さんのラップがキレキレでよかった。

庭劇団ペニノ『ダークマスター』観劇。私は2006年版を観ている。そのときとはだいぶ違う。2006年版のほうが、役者(マメ山田、久保井研)もラストも好きだったし、全体的にもっと謎めいていた。それに比べると今回はテーマがわかりやすくなったような気がする。日本とアメリカ、中国……とか。個人的には謎めいているほうが好み。

NODA・MAP『足跡姫』観劇。勘三郎へのオマージュ。ストレートに「想い」が伝わってきた。集中して観ていたからか、話も言葉遊びも踊りもスッと自分のなかに入ってきた。ここ数年の野田作品のなかで一番素直というか、純粋に美しいと思った。特にラストは涙なしでは観れなかった。

高円寺演芸まつり。古今亭志ん輔『豊竹屋』『お直し』、桂吉坊『ふぐ鍋』『住吉駕籠』を聴く。久々に集中して聴いた。桂吉坊の明るい軽妙な語りが好き。早口だけど引き込まれ、情景が思い浮かぶ。志ん輔の人情話はやはりすごい。人生のすべてがこの30分足らずの時間に凝縮されているような。

3月(観劇本数:2本)
スタジオライフ『エッグ・スタンド』観劇。萩尾望都の漫画が原作。原作通りの芝居だった。第二次世界大戦下のフランスでたまたま出会った3人。皆事情があって「戦争」に翻弄されている。暗いし、それほど面白いストーリーではないのに、それをそのまま芝居にしたという感じ。うーん。。。

鳥公園『ヨブ呼んでるよ』観劇。ストーリーはなく断片的で、夢と現実が交錯、旧約聖書の言葉を引用……など独特の作風。言葉に力があり、ひとつひとつのシーンが面白く見応えがあった。個人的にはもう少しこの世界に浸りたかったかな。終わり方が不完全燃焼だった。

4月(観劇本数:2本)
ジョン・ケアード演出『ハムレット』観劇。内野聖陽様のハムレットはとてもセクシーでした。内野さん、なにをやってもセクシーなのはなぜ? 苦悩してても色っぽいのよ。そして北村有起哉さんのホレイショーもこれまたセクシーで、ハムレットとの間のホモセクシャル的な雰囲気を勝手に感じました。國村隼のクローディアスは、癖があっていかにも悪そうでよかった。浅野ゆう子のガートルードはちょっと色気が足りないかなあ。。。貫地谷しほりのオフィーリアはひたむきさが伝わってきてよかった。シンプルなセットで役者は和装、音楽は尺八演奏。一人が二役以上を演じる。ハムレットを演じた内野さんがフォーティンブラスも演じる、という具合に。全体的に照明が暗めで衣装も黒っぽい。楽しい話ではないので、どうしても暗いトーンに。必然的に眠くなります。役者は文句なくよかった。しかし演出や音楽は、評判は非常に良いようだが、自分にとってはあまりピンとこなかった。シェイクスピアの舞台って、話は知ってるから、役者とか演出頼みになる。演出が合わないと、話を知っている分、恐ろしく退屈になるんだよな。

浮世企画『メッキの星』観劇。主人公の女性が自分に似すぎていて、観ていて辛くなった。傲慢で自分勝手で、悪いことが起きたら人のせいにして逃げる。目先の欲望ばかりに囚われて行動し、先のことを考えず、常に刹那的というか投げやりに生きている。だから人生の見通しが立たず不幸になる。恐喝容疑で捕まった彼女だが、悪い人間ではない。ただ人間的な弱さとか精神的な問題とかがあり、まともに生きることが難しい。ほかの登場人物もいわゆる「まとも」ではない。だけど皆、悪い人間ではないし、彼らなりに必死に生きているのだ。私には皆、愛すべき人に思える。主役の鈴木アメリ、よかった。法廷のシーンでの冴えなさと、セレブな友達の家に招かれたときの華やかさとのギャップがすごい。メイクして流行りの服を着れば、あっという間に「今時の女の子」になる。服を着替えるぐらいの気軽さで次々と嘘を重ねるので、罪悪感も持たない。ゲイの大輔を演じた結城洋平さんは、役作りがすごい。ご本人も整ったお顔で睫毛がすごく長く、外見的にも合っているし、仕草とかしゃべり方とかもよく研究していると思った。この芝居のなかで、大輔が一番いい奴だと思った。人に対してちゃんと愛を持っている。結局誰も「クズ」ではないんじゃないかな? お姉さんもゲイの大輔も結局は優しいし。ネットワークビジネスの友達も、やっていることは違法とまでは言えないし、自己責任でやる分には問題ないし。ホストとか年下男に騙されるのは、まあ女性にも責任があるし。

5月(観劇本数:3本)
唐組『ビンローの封印』観劇。25年前の戯曲だが、ギャグが多く、出演者が若く、演出も柔らかいせいか古い感じはさほどせず。あまり考えずにテント芝居という雰囲気も含めて楽しめた。同行者は唐組初めてだったが声を上げて笑っていた。外国人の観客も何人か。言葉がわからなくても楽しめるのだろう。稲荷卓央さんがここ何作か出ていないのだが、稲荷さんに代わって主役を務めているのが福本雄樹さん。まだ若いけどかなり力のある俳優だ。活舌が良く、長台詞も難なくこなす。単に上手いだけでなく存在感があるというか。顔立ちはすごく整っているのだけど、泥臭い感じもある。唐組の世代交代が急速に進んでいる……。福本さんはじめ若い俳優がどんどん育っているのはとても良いことだし、そのせいか若い観客も増えてきたような。一方で辞めてしまった人たちはどうしちゃったのかなと。どうしても昔の、唐さんが登場した瞬間の客席の沸き方とかを思い出すと切なくなっちゃう。

劇団桟敷童子『蝉の詩』観劇。昭和25年、北九州の遠賀川近くで船運送を営む父と、4人の娘の話。父は酒・ギャンブル・女に狂う荒くれ者で娘たちに嫌われている。母はいない。一家は、時代の流れで事業が立ちいかなくなったり、病気や不幸に見舞われたりする。この悲劇は、誰が悪いわけでもないのに起きるから悲劇なんだな。父親はひどい人間だけど、長女も次女もやりすぎなぐらい反発しているし。ていうか皆、気性荒すぎ(笑)。随所にやりすぎゆえに笑える、というシーンがあるので、人情劇として味わいがある。笑いと涙のバランス良し。そして『アルハンブラ宮殿の思い出』の曲が流れるなかの争いのシーンは、否応なしに涙がこみ上げてくるという仕掛けになっている。いや、あれは泣く。誰だって泣く。ずるい。四女のおりえは、姉3人を看取り、アイスキャンディを売り、必死に生きる。おばあさんになったおりえは、夫に先立たれ身寄りもなく、ホームレスになって公園で死の淵に立たされている。亡くなった人たちが彼女に言う、「おりえ、よく頑張ったね」。このシーン、やばかった。涙が止まらなくなった……。

シベリア少女鉄道『たとえば君がそれを愛と呼べば、僕はまたひとつ罪を犯す。』観劇。面白かった! 今回は役者さんひとりひとりがとてもいい感じ。兄と弟のシーンが好き。どんどん混沌としていく感じがいい。内容に関しては一言、バカバカしいとしか言いようがない(最大の誉め言葉です)。

6月(観劇本数:4本)
iaku『粛々と運針』観劇。重い病の母を持つ兄と弟の会話。そして子どもを望んでいないのにできてしまった夫婦の会話。「死」と「生」をめぐる二組の会話はやがて交錯していく。親の介護や出産など、年をとると様々な問題に直面する。どの家庭にもそれぞれの事情があって、簡単ではない。登場人物たちが真摯に話し合う姿に打たれた。こうやって言葉を尽くして自分の考えを語り、相手の考えを聞く、ということはとても大切だ。それなしにはなにも進まない。「どうせ分かり合えない」と諦めず、粘り強く話し合うことが大切だと思う。話し合いを放棄したら終わりだ。

FUKAIPRODUCE羽衣『愛死に』観劇。死者たちによる愛のお話。7年前の初演より「死」が濃厚に。数組のカップルのセックスを際どく描く「あうとどあせくーす」のパートは、性愛の滑稽さを感じさせながらも、性愛に溺れる人間たちが愛しく思えてくる。このバカバカしさ。これが恋愛なのかも。そして「茜色水路」では、愛が死に、一人になってかつて愛した人を想う。舞台上の男女はやがてひっそりといなくなり、劇場には若いカップルが紛れ込む。彼らはまだ「愛が死ぬ」意味を知らない。渦中にいるとその重要さがわからず、失った後で気づくことになる。

+81『ケ セラ』鑑賞。柳本雅寛さんによるダンスユニット。今回は大駱駝艦の向雲太郎、黒田育世、熊谷拓朗が出演。4人がまさにその場で作り上げているという臨場感があった。完成された作品ではなく実験的な部分が多く、すごく貴重で豊か。踊りを通したコミュニケーション、えげつないお笑いも。

チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』観劇。ある夫婦の震災後に起きた話。「ねえ覚えてるでしょ?」と執拗に夫に語りかける妻がウザい。この妻は震災後に喘息の発作で亡くなり、夫はそれを乗り越えて新しい女性をマンションに呼ぶが、妻の語りは止まらない。いつまでも忘れるなと言っているような。

7月(観劇本数:5本)
ゴキブリコンビナート本公演『法悦肉按摩』観劇。野外公演がやはり一番ゴキコンらしい。つまり、一番過酷で過激。今回は特に演出が過激だった。ストーリーはよく考えるとひどい話だけど、ミュージカルで曲がほのぼのしているせいか笑えてしまう。泥だらけで這いずり回ってあんなことやる女優魂、すごい。観客は演劇好きとはまた違う層な気がする。むしろ普通に演劇好きでゴキコンが好きな人って少ないような。今日は男女とも若い観客が多かった。感度が高い系の? 特に女性は若くて可愛い人が多い。「なんでこんな可愛い子がここに?」という感じの。今日の非日常感たら半端なかった。行ったことのない場所に電車・バス・徒歩で迷いながらたどり着き、そこでさんざんな目に遭い、身体中どろどろで体臭を漂わせ眉毛も半分ないという状態でまた迷ってなんとか家にたどり着いて今、なぜか明日からまた頑張ろう! という気持ちになってる。恐るべしゴキコン。今回の公演は「五感を総動員する」と謳っていて、まさにその通りだった。普段使わない感覚を刺激される。良くも悪くも。不快感だったり。そのせいで感覚が鋭くなったのを感じる。やはり時々こういう体験をしないといけない。せっかく生きてるのだから。観てる間はものすごく疲れたのに、今は明日からの活力になっている。演劇って不思議だね、こういうことが演劇の力なのかな。次のゴキコンが早くも楽しみ。役者はだいぶ変わったけど、それって「出たい」もしくは「出てもいい」という役者が常にいるってことだよね。ああいう芝居でそれはすごいことだ。

鳥公園『すがれる』観劇。「老い」がテーマ。室生犀星の言葉がコラージュされ、台詞がとても良かった。鳥公園らしく一本のストーリーというよりも断片的なエピソードが積み重ねられていく。人によっては合わない人もいそうだけど、この独特の世界観、私はすごく好き。

ブス会*『男女逆転版・痴人の愛』リーディング公演観劇。話の流れは原作とそれほど変わらなくても、男女を置き換えるともうテーマそのものが全く変わってくるんだということが新鮮だった。ラストはそこに着地したか! と。ずっと女性を描いてきたペヤンヌさんならではの作品。官能的なシーンはもっとあってもいいかと。原作に出てくるセリフをちょっと変えて絶妙なタイミングで入れていて、笑いを誘う。やはり言葉のセンスが良い。しかも話してるの安藤さんだし。福本くんのセリフももっとほしい……と思ったが、クライマックスの福本くんは迫力あって痺れた。当て書きかと思うほど。

マームとジプシー『あっこのはなし』観劇。今までのマームとは違う系統の話だけどめちゃくちゃ面白くてびっくりした。とある地方でルームシェアしているアラサー女性3人が、登山や岩盤浴や街コンへ行ったりしてガールズトークを繰り広げる。アラサー女性のリアルな話をコミカルに。恋バナが最強。今いる場所を出たいと思っているのに出れない人たちがいる。一方、出ていく人もいる。これはマーム作品で繰り返し描かれるテーマ。残された人たちは出ていく人を笑って見送り、その場所に留まって生きていく。働いて恋をしてお酒飲んで、そうやってただ日々を過ごして年を取っていく。

マームとジプシー『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと――』観劇。新たな演出が加わってより密度が濃くなり細部まで描かれている。人や家がなくなり時間が経って、家族で食卓を囲むことがなくなっても、その感触は残っている。観ていてそういうテーマがスッと身体に浸透してくるような。前進し続けている人だって、ときには過去を振り返りたくなるだろう。いなくなった人や家を想う夜もあるだろう。だって過去の食卓の思い出は今の自分を作った大切なものだもの。そういう何気ない思い出を大切に持ち続けていくことこそが、真に豊かな人生を送るということなのかも。『あっこのはなし』もちょっとつながってるのね。ていうか全作つながってるか、マームは。

8月(観劇本数:4本)
範宙遊泳『その夜と友達』観劇。これは刺さる。夜の抱えている生きづらさ、それは原因は一つだけじゃなくて、「社会が悪い」なんてことでもなくて。誰が悪いわけでもない、だからしんどい。セリフにあるとおり、しんどさを知ってしまった人間は、「こっち側」には戻れない。でも希望はあるのだ。自分の「基準」を明確に持って生きていくことは大事だが、そこにいくらか幅を持たせることはもっと大事。そうすることで可能性が生まれるし、人生が豊かになる。そして、過去のある時期に親しく過ごした友人や恋人との時間は、人生の宝物だ。最初のほうは、主人公と夜の友情が、村上春樹の小説みたいだなと思った。小説の一節のような文学的・哲学的なセリフが出てきたかと思えば、すごい今どきの言葉も出てくる。それを発する俳優も表現力豊かだ。兎にも角にも私にとって「夜」というキャラクターは格別。人当たり悪くて友達が少なくて不器用で人に心許せなくてダサい。まるで私じゃん……いやでもこの夜にはめちゃめちゃ打たれる。人当たり悪いなりに個性を出そうとする健気さ。苦悩している姿を晒してしまう無防備さ。夜を演じた大橋一輝は、何度も舞台で観て好きな俳優だけど、今回は出色。繊細だけど柔軟で、ものすごく色気がある。前半と後半の落差もすごい。武谷公雄の語りは本当に人を惹きつける。名児耶ゆり演じたあんは、こんな女友達が欲しいと思うような嫌味のない良い娘。

スタジオライフ『卒塔婆小町』深縹チーム初日観劇。三島由紀夫の耽美な世界とスタジオライフは合っていると思った。老婆役の山本芳樹さん、老婆から20歳の絶世の美女に替わるシーンが鮮やか。美しく艶やかで品があり、でもどこか哀しげ。衣装も豪華。鹿鳴館でのダンスシーンがとてもよかった。詩人役の関戸博一さんもよかった。台詞回しも安定感があり、詩人の情熱が伝わってきた。蜷川幸雄演出の『卒塔婆小町』で詩人を演じた高橋洋さんを思い出した。山本さんも関戸さんも、台詞がしっかりしていて、聞いていて想像が広がった。三島の言葉はやはり凄い。同時上演の『深草少将の恋』は、百夜通いのエピソードをオリジナルの歌で綴ったもの。出演している11期生以下の若手俳優たちが歌い、とてもフレッシュだった。山本芳樹さんもご自身の歌を披露。まさか山本さんの歌が聴けるとは思わなかったので、かなり嬉しかった。今回はシアターモリエールという小さな空間で、三方を客席が囲むほぼ素舞台だった。これはこれで客席と近くて密度が濃くてよかったが、シアターサンモールとかでもっと大掛かりなセットや照明を使って上演したらもっとかっこいいんじゃないかと思った。衣装も豪華だし。

FUKAIPRODUCE羽衣『瞬間光年』観劇。出演者一人一人のモノローグエピソードからの激しいダンスと歌。エピソードの内容は多様で、何気ないシーンから飛躍して「未来」「宇宙」「死」を感じさせる。羽衣といえば男女の劣情を綴ったものが多かったが今回はその先にあるものをきっちり描いた。

八月納涼歌舞伎第三部『野田版桜の森の満開の下』観劇。私はNODA・MAPの公演も観ている。ほぼ現代劇なのだけどやっぱり歌舞伎役者が演じているから様式美があるというか、「絵」としての美しさがすごい。その分、NODA・MAPと比べるとスピード感はあまりなく、ちょっと中だるみもあった。しかしやはりストーリーの力と役者の力はすごい。特に夜長姫を演じた七之助が素晴らしい。恐ろしく残酷でありながら無邪気で可愛らしい。勘九郎演じる耳男とのラストシーンは壮絶に美しかった。

9月(観劇本数:7本)
青年団リンクホエイ『小竹物語』観劇。怪談イベントで怪談話をする人たちの話。イベントをライブ中継するがなかなかうまくいかず人間関係のもつれが明らかに。ライブ中継中は実際に役者が怪談話をするのだが、それがすごい迫力。怪談としてはそれほど怖くないのに役者が話すと「怖い!」と思えるのだ。Qでの怪演が記憶に新しい永山由里恵は今回もすごい。彼女を見るだけでも価値があるのでは。笑いながら観ていたら途中からゾクッとする展開に。人間は粒であること、距離が離れていても一度絡まった粒同士はずっと絡まり続けること、死んだ者とも絡まっていること。生きた者と死んだ者とが同時に存在することもあるということ。普通の日常生活を送っているとそういう認識はないが、視点を変えれば別の世界が広がっている。それは私にとってとてもワクワクするというか、救いでもある。今自分が見えている世界だけがすべてではない。

ニブロール『イマジネーション・レコード』鑑賞。この公演の初日に北朝鮮のミサイル攻撃があった……ということすら今は忘れられつつあるのかも? そういう記憶の風化の怖さ。私自身、すぐにシャッターを押してしまうタイプだけど、でも記憶はできてない。

ベス・ヘンリー作、小川絵梨子演出『クライムズ・オブ・ザ・ハートー心の罪ー』観劇。それぞれ問題を抱える三姉妹の物語。激しい言い争い、つかの間の笑い合い。自分の問題が解決するわけじゃなくても、他者と話し合い笑い合える瞬間を積み重ねていくことが「生きる」醍醐味だなと思った。

Q『妖精の問題』観劇。ぶっ飛んでて実に面白かった! やはり市原佐都子は面白いな。竹中香子はパフォーマーとして素晴らしい。殊に二部『ゴキブリ』の歌が物凄くかっこよかった。激しいピアノに合わせて体をリズミカルに動かしながらゴキブリにまつわる荒唐無稽な歌を歌う。シュールな真剣勝負。3部は、女性なら心当たりのある人は多いだろう。本当のことも言っているから、どこまでがネタかわからないという危うさも。3部の竹中香子は1部2部とはガラリとキャラが変わり、新鮮。達者だ。全部観ると繋がっているのがわかる。観る者の思考を促す構成。3部にしたのは良い試みだったと思う。ゴキブリの歌が頭から離れない。かっこよかったなあ。CDにならないかな。異常なゴキブリが♪ 料理しながら口ずさんだよ。歌詞は変えたけど。次は牛肉を♪細切れにして♪

文学座9月アトリエの会『冒した者』観劇。私は2013年の葛河思潮社の上演を観ている。改めて観ると、こんなに暗く深い戯曲だったのかと。観念的な長台詞を役者が時に感情的に言う。その役者の熱演と内容の凄まじさに、観ている側もやられてしまう。それを休憩込み3時間50分もやるのだから……。原爆投下から7年後の日本を舞台にした話で、人々は未だ混乱のなかにあり、登場人物はあるきっかけで己の欲望や狂気を曝け出す。戦後という時代だから、ではなく、いつの時代でも人間の本性はそうなのではないか。観ていて面白い話ではないけれど惹きつけられる。そして最後の演出にはびっくり。意図を考える余裕もないほど衝撃を受けたまま終演……。

風琴工房『アンネの日』観劇。とある生理用品メーカーで、自然派の生理用ナプキンの開発プロジェクトを立ち上げる女性たち。プロジェクトメンバーの女性たちが赤裸々に自らの生理について話す。途中『アンネガールズ』と称する女性たちが賑やかに出てきてナプキンの歴史や生理あるあるネタを話す。プロジェクトメンバーはそれぞれ違うバックグラウンドを持っていて、生理の話もほんとに人それぞれ。生理の話は個人的なことだし、普通人には話さないけれど、自然派ナプキン開発という目標を持った女性たちは次第に話すように。彼女たちは皆、逞しいキャリアウーマンでもある。女性たちは様々な葛藤を経て今がある。人知れず苦労を重ねてきた女性たち。女性であるということはなんという困難を伴うものか。だからこそ人一倍努力して人並みになろうとする。女性ってほんと真面目な生き物なのよ。プロジェクトを組めばみんなと仲良くなろうとするの。そんな女性の特性をよく描いていた。「生理」というのは女であることのネガティブな側面と受け取られがちだけど、むしろそれもポジティブに描いていて、どこまでも前向きなのはこの劇団らしい。女優は皆良かったが、特に笹野鈴々音の仕事できるおしゃれガールっぷりが素敵。彼女も自らの身体のことで悩んでいるのに、そんなことおくびにも出さない。そのしっかりぶりが悲しくもあり……。

さいたまゴールド・シアター『薄い桃色のかたまり』観劇。すごく面白かった。震災から6年後、イノシシの襲来に悩まされながらも復興を進めようとする人々。ゴールドシアターの俳優たちが集会所に集まってしゃべる場面はライブ感に溢れていて、次にどの人がどんなことを言うんだろう、と引き込まれる。ある謎が提示され、次第に明らかになりながらも完全にはわからない。でも岩松了の作品のなかでは随分わかりやすいほうだろう。匙加減がちょうどよかった。奥から出演者がわらわら出てくるシーンなど、ちょっと蜷川演出を彷彿させる。場所のせいかな。転換がすごかった。なにもない空間に出演者が現れ、出演者やスタッフによってセットが持ち込まれる。しかもすごい作りこまれたセットだ。そこでのシーンが終わるとサーっと取り払われ、次のセットが設置される。かっこいいなあ。ネクスト・シアターの俳優も重要なポジションだ。内田健司はやはりいい。単にうまいだけでなく、俳優としての意思のある演技、というか。ちょっと怪しくて色気がある。堅山隼太と二人のシーンなんて萌え(爆)。あと指がすごく細長くて美しい。

10月(観劇本数:2本)
柴幸男作・演出『わたしが悲しくないのはあなたが遠いから』シアターイーストで観劇。震災をモチーフに「距離」を描いた作品。シアターイーストとウエストでの同時上演。ストーリーを見せる芝居じゃなくて観念的な感じだからかあまり入り込めず。いろいろ面白い試みではあると思うけれどもイマイチ。

維新派『アマハラ』台湾・高雄での公演を観劇。野外公演。廃船の舞台の上を白塗りの少年が歩く。いつの間にか舞台がはじまっていた。圧倒的なスケールで繰り広げられるシーンひとつひとつに魅了された。描かれているのは、20世紀前半のアジアの海の歴史。終盤は戦争の話に。フェスの屋台村があり、開演前にビールと台湾のソーセージを。

11月(観劇本数:4本)
唐組『動物園が消える日』観劇。いつもよりリアルな感じの話で、わかりやすかった。消えてしまったものをいつまでも追い求めてしまう男。その悲哀と滑稽さ。笑った後で妙に切なくなってしまうようなお芝居だった。久保井研さんが今回すごくいい。あの風貌が切なさを感じさせるというか。前から二列目のセンターで観たので濡れました、笑。濡れるのもまた楽しい、けど役者さんは毎回大変だなあ。前で観ると役者さんのツバとかも飛んでくるほどの臨場感があっていい。私の好きな福本雄樹くんは今回も素敵でした。赤松由美さんの出番が少なかったのが残念。

ヨーロッパ企画『出てこようとしてるトロンプルイユ』観劇。シベ少並みに前振りと大ネタありの今回。ネタ部分も面白かったけど、売れない画家たちのグダグダしたしょうもない芸術談義が楽しい。「大事なのは美で」「いや違くて」……延々と「いや〜〜で」「むしろ〜〜で」で会話が続いていく(笑)。

アマヤドリ『青いポスト』観劇。年に一度「町で一番悪い奴」が投票で選ばれ、選ばれた者は消される……という架空の町のお話。やりたい放題悪事の限りを尽くしている双子がいて、その妹のほうが「町で一番の悪者」に選ばれるが……。双子、双子の祖母と育ての母、双子にいじめられていた女子などいろんな登場人物が出てくる。物語は場面を細かく切って登場人物のモノローグを多用して行きつ戻りつしながら進んでいく。時折入る群舞が美しく躍動感がある。女性だけの芝居だが、話の内容的にも群舞もアマヤドリらしい公演。

アマヤドリ『崩れる』観劇。アマヤドリの新作二本立て、こちらは男性キャストのみでの密な会話劇。「裏切り」がテーマのスリリングな内容だ。大学時代からの仲間である男たち。ふとしたことから嘘がバレ、それをごまかそうとするうちに深みにはまっていく。裏切られた怒りをストレートにぶつける男は、もはや謝罪されても許すことができず、自ら「崩れて」いく……。個人的にこの裏切られた男に感情移入してしまい、痛かった。

12月(観劇本数:4本、ライブ1本)
花組芝居『黒蜥蜴』黒夫人組観劇。加納幸和さんの黒蜥蜴、さすがに所作が綺麗。衣装も豪華。明智小五郎役の小林大介さんもかっこよかった。敵なのにちょっと愛もある二人の関係。ラストは切ない。久々に花組版歌舞伎劇観たが、やはり役者さんが良いな。

劇団☆新感線『髑髏城の七人』season月の下弦の月バージョン観劇。客席が回転しながら場面転換して進んでいき、非常に迫力があった。ただ4時間は長い。後半だれていた。場所も遠いのだし、もっと刈り込んで3時間ちょっとにしてくれたほうがメリハリがあってよいのに。蘭兵衛役の人が中性的でかっこよかった。

古川健作、高橋正徳演出『斜交』観劇。昭和38年の吉展ちゃん誘拐事件の容疑者の取り調べを描いたもの。のらりくらりとかわす容疑者を、近藤芳正演じるベテラン刑事が落とそうとする。攻防戦がすごい。最後の最後に落ちる。スリリングだった。だがこの容疑者の境遇を想うと心が痛くなる。。。

ブス会『男女逆転版・痴人の愛』観劇。能舞台をイメージしたような抽象美術で、音楽はチェロの生演奏。とても雰囲気がある。内容的にもリーディング公演からかなり肉付けされ、深いものになっていた。特にナオミの少年時代や洋子の過去が加えられたのは良かった。福本雄樹君はシャープさと甘ったるさとを併せ持ち、ますますセクシーに。洋子の痴人ぶりを見て引くどころか、なんか他人事に思えなくて切なくなった。こんな自分に引いた。

羽衣ライブ、超楽しかった! 今回はマニアックな選曲らしく、初めて聴く曲もあってすごく新鮮だった。男優5人による尾崎の歌とモノマネ、最高だった!あと岡本さんのハンドクラップマンがとにかく濃くてすごいエネルギーで引き込まれた。岡本さんの腕の筋肉と血管がセクシー。ゲストの木ノ下裕一さんの歌もすごくよかった。『燃えるような人生』。木ノ下さんはトークも上手で面白い。アコースティックの『果物夜曲』もしっとりしてよかった。行ってよかった。これで年を越せる。あともうちょっとは生きていける。