ポツドールvol.19『おしまいのとき』

ポツドールvol.19『おしまいのとき』

脚本・演出◇三浦大輔 出演◇米村亮太朗 古澤裕介 松浦祐也 松澤匠/篠原友希子 高木珠里 新田めぐみ
9/8〜25◎ザ・スズナリ


以下、ネタばれあり。結末に触れているのでこれから観劇予定の方は読まないでください。



不幸というものは、何の前触れもなく、突然やってくる。人が気を抜いている隙に、こっそり忍び寄り、その人の人生を混乱させ、停止させる。
たとえば震災がそうだ。誰も予想だにしなかった出来事。何の罪もない人々が一瞬にして不幸に陥る。理不尽だ。地獄だ。人々は混乱し、辛苦をなめ、けれど、それでも生きている限り、そこからなんとか立ち上がろうとする。
この物語の女主人公・智子は、息子を事故で亡くすという不幸に見舞われる。
突然の出来事に、智子は大きなショックを受け、引きこもり状態になる。
夫や近所に住む夫婦の気遣いも、智子には効果がない。
智子はひたすら自らの不幸の殻に閉じこもり、嘆き悲しんでいる。
智子の不幸を思いやりながらも、時間が経つにつれ、周りも「いい加減、悲しんでばかりいるのはやめて」という空気になってくる。それでも空気を読めない智子は、ひとり悲劇のヒロインのように不幸のどん底にいる。
そんな智子に、ある日突然「復活」の日が訪れる。
不幸の訪れも突然なら、復活の訪れも唐突だ。人生はそういうものなのだ。
それは、「エロ」だった。
智子は、家に出入りしていたクーラーの修理工・裕一に、半ば犯されるようにして関係を持つ。その瞬間、彼女は「復活」の兆しを感じ、笑う。裕一は笑っている智子を見て呆れて帰ってしまうが、智子の高揚は続いている。彼女は自分の身の上に降り注がれた「ラッキー」(彼女はそう受け取った)に対し、笑って、露出した下半身を隠しもせず立ち上がる。このときの彼女の恍惚とした表情がなんとも印象的だ。
それ以後、智子は裕一と不倫関係を続けることになる。それによって彼女は不幸から立ち直っていく。
立ち直った彼女は、裕一に会うために嘘を言ったり、自らの不幸を利用したりもするようになる。そうなるともう留まるところを知らず、彼女は犯罪にまで手を染めてしまう・・・。
不幸に陥ったとき、人は、どうなるのだろう。そこから立ち直ろうとするとき、どうするのだろう。そのやりかたは人それぞれだろうが、智子の場合は、一周回ってハイな状態になってしまう。どん底の不幸に「エロ」という要素がかかり、彼女の不幸は180度転換する。一般的な視点では、彼女は堕落していく。だが本人は堕落とは思っていない。彼女は自分のなかできちんと理屈をつけ、「こういう状態だから私はこういうことをしたのだ」と、自分の行動を正当化しているからだ。だから彼女のやっていることはすべて正しいのだ。息子の死から立ち直るため、不倫関係を持った。そのことによって生きている実感を得られた。私が楽しく生きているほうが息子も喜ぶはずだ、だから私は間違っていない。
一般的には、こういう発想の仕方はかなり特殊であると思うのだけれど、私はわかるような気がする。とんでもない不幸に見舞われると、やっぱり人はどこか思考の回路が変わってしまうのではないか。そして、「エロ」によって立ち直っていくというのも、非常に現実的であると思う。「死」という圧倒的な、揺るぎのないものに立ち向かうには、「エロ」しかないのではないか、と思う。セックスをしているときや、エロいことを考えているとき、人は、生きている実感を得られる。「エロ」は「生」である。だから智子は立ち直れた。夫とのセックスではダメだったのだ。自分と同じ「子供を亡くした」という不幸を背負っている夫とでは。まったくその不幸に無関係な男でなくてはダメだった。裕一という、自分の不幸とは無関係のところにいる男と会えば会うほど、智子は自由になっていく。そのときの彼女の悦びや、精神の高揚がわかる。そこには夫を裏切る快感も含まれている。彼女は自分と同じ不幸を背負っている夫を見るのが嫌なのだ。不幸を思い出すのが嫌なのだ。だから彼女は進んで夫を裏切る。そうすることで精神の均衡を保てるのだ。
しかし物語は当然ながらハッピーエンドではない。予想だにしない残酷な方向へと話は傾いて行く。不幸から立ち直ったはずの智子。だが、夫にも裏切られていたことがわかり、さらに裕一にも拒絶され、彼女は自分のアイデンティティを完全に見失う。そのときの彼女の自我の崩壊がモノローグで語られる。「私は・・・私は・・・!」のモノローグが、もう叫び出したくなるくらい、迫って来る。もうどうしたらいいのかわかんない。私の人生はなんだったの?なんのためにこんなことをしているの?こんなはずじゃなかった。どこでどう間違ったの?私は間違ってたの?私は息子を失った、私は不幸だ、そこから立ち直るために裕一と関係を持った、夫も殺した、でも私は・・・私は・・・!
死のうとする智子。だが、お腹がすく。彼女は冷蔵庫からヨーグルトを取り出して食べはじめる。人は生きていく。どんな不幸に遭っても。人はしぶとい。救いのあるラストだ、と思った。