『東京人間喜劇』

東京人間喜劇

監督・脚本・編集◇深田晃司 出演◇「白猫」角舘玲奈 根本江理子 河村竜也 古舘寛治 福士史麻 大塚洋 兵藤公美 鄭亜美 村田牧子 畑中友仁 小河原康二 岩下徹(特別出演) 齋藤徹(特別出演) /「写真」荻野友里 木引優子 足立誠 根本江理子 島田曜蔵 鈴木智香子 井上三奈子 山本雅幸 石橋亜希子 端田新菜 高橋智子 たむらみずほ 宇田川千珠子 安倍健太郎 山本裕子 真山俊作(フリー) 立蔵葉子/「右腕」山本雅幸 井上三奈子 志賀廣太郎 足立誠 根本江理子 古舘寛治 秋山建一 石橋亜希子 佐藤誠 大竹直 酒井和哉 村井まどか 天明留理子 山村崇子 小河原康二 (声)

<あらすじ>公式サイトより
「白猫」
ファンであるダンサーのサインを求め、ふたりの女が雨音響く夜の街を駆け抜ける。女性の抱く願望と孤独が夜の帷に垣間見える。山海塾の岩下徹が本人役で特別出演、コントラバス奏者・斎藤徹との即 興セッションを披露している。

「写真」
マチュアカメラマンの女の子が初めて開く写真展の一日を通して描かれる、友情への期待と失望。現代日本において消費されていく「芸術」の一風景が冷ややかに切り取られていく。芸術家のアイデン ティティの在り処についてまでも問い掛ける一遍。

「右腕」
欠損した身体を脳があるかのように認識し続けてしまう「幻肢症」をモチーフに、右腕を事故で失った夫とその妻の間に横たわる溝と孤独を描き出す。東京人間喜劇、最終話。ドラマ・映画・CMで注目 を集める志賀廣太郎が出演。

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以下、ネタばれあり。


3つのエピソードを描いているのだが、オムニバス形式というのではなく、それぞれがどこかで繋がっているように作られている。ストーリー重視ではなく、現代の東京に生きる人間を様々な角度から映し出している。
「白猫」は、曖昧で大人な男女の関係を淡々と描いている。年下の彼氏にあっさり振られてしまう主人公の女性と、結婚してるけど別居中で、フレンチ店のオーナーと付き合っている女性。2人はダンスの公演で出会い、恋愛の話などをするようになる。フレンチ店のオーナーを演じた古舘寛治さんが、相変わらず胡散臭くていい。髭を剃っているから若く見えるが、個人的には髭もじゃの古舘さんが好きです。オーナーは女性と付き合いながらも、実はバイトの女の子にも手を出していた。やっぱ古舘さんはこういうダメな男の役が合うね。
「写真」の主人公の女の子・春奈に、私は一番共感した。ちっぽけなプライドを持った、自意識過剰なエゴイスト。
春奈は写真を撮ることが好きで、ただそれだけで写真展を開く。展示されているのは春奈が撮った素人丸出しの作品ばかり。だが春奈は自分には才能があると信じており、自分の作品を愛している。
春奈は、なにか特別に酷い行為を他人にするわけではない。だがその言葉の端々から、「嫌な女だな」「自分勝手だな」というのが伝わって来るのだ。荻野友里さんの演技力がすごい。というか、荻野さんは、こういう「ちょっと嫌な女」の役がはまる。
たとえば春奈は、自分のことを「春奈」と言う。それだけで自意識過剰な女というのがわかる。あと、展示の準備を手伝ってくれている友達に何気なく「春奈って惚れられやすいんだよね〜」と言ったり、自分の才能を認めるような発言をしたりする。その友達はもしかしたら、腹の底で笑っているのかもしれない・・・と思って、ちょっと怖かった(後のシーンで、展示会のオープニングにその友達は来ないから)。
春奈にはたくさんの友達がいて、全員に展示会の案内を出していた。だから、みんなオープニングに駆けつけてきてくれるはずだと春奈は信じていた。サンドイッチと唐揚げと飲み物を用意して、彼女はみんなが来るのを待った。だが、誰一人来なかった・・・。
なんかもう、春奈が可哀相すぎて。
この状況がというより、春奈の痛さ、自分のことをわかってない馬鹿さ加減、が可哀相だった。
こういう芸術家気取りのイタタな女の子、東京にはいっぱいいますよね・・・。
彼女はその後、誰も来てくれなかった展示会の会場を片づけ、友人の結婚披露宴に向かう。その席でカメラを向けられ、彼女は笑いながら言う。「結婚してもまた遊ぼうね。私の写真展、まだやってるから来てね」。するとカメラを撮っていた男の子や、周りにいた女の子たちが、「え、今日からだったっけ?ごめん、行けなくて」などと言う。春奈は笑いながら「そうだよ〜、今日がオープニングだったんだよ〜」とにこやかに言う。
このシーン、切なかった・・・。
彼女は誰にも「誰も来なかった」なんてことは言えず。展示会会場で友達からの断りの電話が入ったときも、「大丈夫だよ、みんなが来てくれたし。写真も好評で、料理がなくなりそうで心配」などと嘘を言う。
薄っぺらな友情に失望しながらも、笑顔でそんなことを言わなければならない彼女が切なかった。
「右腕」は、ほかのエピソードに比べると、リアルに想像することが難しい内容だ。事故で右腕を切断されても、まだ右腕があるような錯覚に囚われ、ないはずの右腕が痛んだりする・・・というのは、ちょっと想像ができない。
けれど、描きたいことはその先なのだ。
失われた右腕の話を通して、夫婦の欺瞞が暴かれていく。このシーンはゾクッとした。山本さんが淡々と演じていたわけがわかったような気がした。
こうやって互いに嘘をついて暮らしているとしたら、夫婦っていったいなんだろう・・・と思った。そして山本さん演じる男が深い絶望に陥ったわけも。
哀しく切なくじっとり孤独。それでも生きていかないといけない・・・。
観終わった後、不思議とそんな暗い気持ちにはならなかった。明るい気持ちにもならなかったけど。なんか不思議なフワフワした気持ちを抱きながら、東京・渋谷の街をぶらついた。