『歓待』

『歓待』

監督・脚本・編集◇深田晃司 芸術監督◇平田オリザ 出演◇山内健司 杉野希妃 古舘寛治 ブライアリー・ロング オノエリコ 兵藤公美 他

<あらすじ>(公式サイトより)
東京下町の一角に今日も響く輪転機の音。若い妻・夏希(杉野希妃)と前妻の娘・エリコ(オノエリコ)、出戻りの妹・清子(兵藤公美)と暮らしながら印刷屋を営む小林幹夫(山内健司)。最近の事件と言えば娘の買っているインコが逃げ出したことぐらいの「平和」な一家に、突然訪れた流れ者・加川花太郎(古舘寛治)。髭モジャ、慇懃無礼な加川は、のらりくらりと小林家の内部に入り込み、かりそめの平和をかき乱していく。次から次へと訪れる来訪者に翻弄される小林夫妻の明日はどっちだ!

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すっごく面白かった!ストーリーも面白いし、笑いもあって、役者も青年団の人たちだからもう見てるだけで楽しくて。
平和な一家のなかにいつの間にか入り込み、じわじわと家庭を壊していく加川。その過程が面白い。

以下、ネタばれ。


加川は、小林家の「インコを探しています」という張り紙を見て、小林印刷を訪れたのだった。
「お宅のインコを駅で見かけましたよ」と言って、加川は、そのまま小林家に居座ってしまう。
というのは、たまたま小林印刷の従業員が病気になり、加川がその穴埋めとして小林印刷で働くことになった(加川が自ら志願した)からだった。
さらに加川は、住むところがなくて困っていると言い、住み込みで働かせてもらうことになる。
そうと決まると、一応社長である幹夫に断りもなく、外国人の妻を突然連れてきて一緒に住む。
幹夫と妻の夏希、幹夫の前妻の娘のエリコ、幹夫の妹の清子という家族に加え、加川と外国人の妻が一緒に食卓を囲む・・・という奇妙な光景。
夏希は加川を気味悪く思うようになる。
加川は胡散臭いが、実は頭の良い男のようで、小林印刷の帳簿などを調べる。
今までは夏希がすべてやっていたのだが、帳簿の数字が合わないことに気付いた加川は、何気なく夏希を外に誘い出して理由を聞く。
夏希には腹違いの兄がおり、その兄が犯罪者だった。刑務所から出てきても職もなく金もなく、夏希にたかっていたのだった。仕方なく夏希は、小林印刷のお金を横領して兄に渡していた・・・。
事情を知った加川は、「すべて自分に任せろ」と夏希に言う。
はたして加川のとった行動は、夏希の兄を突然小林印刷に連れてきて働かせる・・・というものだった。
幹夫は当然反発するが、加川は幹夫が自分の妻と関係したことをネタに幹夫を脅す。
幹夫は夏希にその事実を知られたくないばかりに、以後、加川の言いなりになる。
それからの加川はやりたい放題。
たくさんの不法滞在の外国人たちを家に呼んで、派手にどんちゃん騒ぎをする。
近所の人が通報し、外国人たちが一斉に逃げたところで、加川とその妻も逃げる。
なんかもう、この加川という人物の胡散臭さがとにかく最高。
なにが目的なのかもわからない。目的なんてなく、ただ面白がっているだけなのかもしれない。
私はなぜかこういう山師みたいな人にすごい魅力を感じる。
なにより、加川を演じた古舘寛治さんの胡散臭さと濃さ、そしてセクシーさといったら!
このくらいいっちゃってる人と付き合ってみたい。実際の古舘さんは全然違う人なのかもしれないけど。それにしてはこういう役がはまりすぎ!
好きなシーンがいろいろある。
加川が、夏希に「奥さんの英語ひどいね。どこで習ったの?」と笑いながら言うシーンが好き。
人をずしりと傷つける一言を、笑いながらサラリと言ってのける加川が好き。
幹夫を脅す加川。やはり笑いながら、「うちの妻と寝ましたよね?あなた、ひどい人ですね」と言う。
茶店で、夏希と兄が話し合っているところに現れる加川。兄を説得している最中に、兄が嫌がるそぶりを見せると突然「ふざけんな!殺すぞ!」と怒鳴ったかと思えば、また笑い顔に戻る。突如豹変する加川が好き。
なんかとにかく古舘さんがあまりにも素敵すぎて。あの髭、声のトーン。笑いながらきついことを言ったり、言いわけをするときに見開く目がきょろっとして可愛かったり。
古舘さんの外見、というか雰囲気が好き。
一方、加川に翻弄される小林家の人々は、あまりにつまらない平凡すぎる日々を過ごしている。
夏希は若く美しいのに、冴えない幹夫と暮らして前妻の子供の面倒を見て、小林印刷の仕事を手伝っている。なんのために?夏希は幹夫を愛しているのだろうか。それがいまひとつわからなかった。
夏希は同年代の若者に誘われてライブに行き、浮気をする。加川のせいでストレスを溜め込んでいただけでなく、きっと普段から夫や生活に満たされていなかったせいだ。
離婚して出戻った清子は、留学するため英会話を学んでいる。それも目的がはっきりせず、ただプライドだけのようだ。そのうち、加川が連れてきた外国人の一人といい感じになったりする。いかにも上っ面だけで生きているような女だ。
幹夫は、優柔不断で、加川に侵入されながらもなかなか断れない。典型的な日本人。
「まあ、彼も困っているんだから」「すぐに出て行けっていうのは酷だろう」なんて善人面して言っているうちに、加川に支配されてしまう。弱い男だ。
所詮、家庭なんて、「平和」「幸せ」と思っていても、あっさりと壊されてしまうようなものなんだ。
どんな家庭にも事情はあるし、弱いところを突かれたら、壊れてしまう。
加川は実にうまくやったと思う。
だけど加川がいなくなった後、この家族はまた以前と同じような日々を繰り返すんだろうな・・・とも思った。そのくらいこの人たちは鈍感で平凡だから。
私はこういう「平和な」家庭人たちの鈍感さを憎む。だから異邦人である加川を支持するんだ。
でも、平凡だったり、「平和」を求めるのは当たり前のことだし、それが得られていると実感できれば「幸せ」である、とも言えるのかもしれない。
だけど私は、加川の破壊的なパワーがすごく好ましかった。
刹那で生きているような。最後、外人の妻と二人で全速力で走って逃げていても、どこか楽しそうだったり。
「日常」や「役割」にがんじがらめになっている人々を、加川はせせら笑っているように思える。
「自らを解き放てば、人生、もっとラクで楽しいよ」と誘っているようにも思えてくるのだ。